子供たちへ がん患者が届ける生命(いのち)の授業
栗原これが正面から見た乳がん、横から見た乳がんです。
LH見る機会ないですものね。
栗原そうですね。
LHもし、栗原さんの方から「針生検をしないのですか」と言われていたらやってくれていたでしょうか?
栗原わからないですね。良性だと言われていましたし、まさか、自分ががんになるとは想定外でしたから。
当時、自身で情報を調べもしなければ、もう(医師に)お任せしっぱなしだった。バカみたいでしょ。がん保険さえも(入っていたが保障が十分ではなく)…後から、せめてがん保険を見直せばよかったと。だから反省しています。
LHだけど、病気にならないと わからないことっていっぱいありますよね。
栗原はい、いっぱいある。今は自分の反省を踏まえて、患者さんにはきちんと本当に正しいことをお伝えしたいって思っています。特に子供たちに。
子供たちへ 患者の言葉が紡ぐ生命の授業活動
栗原さんが代表を務めるくまがやピンクリボンの会では小学生高学年から高校生までを対象に地元で『生命(いのち)の授業』と称した、がん教育を行っている。配布されている資料は子供にもわかりやすく、大人が見ても勉強になる。(資料はこちらから)
LH学校に行ってお子さんたちにお話をされるようですが。
栗原はい、そうです。スタッフとともに毎回5人で学校を回っています。
LH反応はどんな感じですか?
栗原すごいです。 手ごたえを感じています。子どもたちはとても素直で、まっすぐな目を向けてくれます。
がん教育を始めて5年間の中で、感動的な場面がたくさんありました。
LHお母さんが乳がんのお子さんもいらっしゃるのですか?
栗原はい、いらっしゃいます。だから、授業に行く前の先方の学校との打ち合わせに重点を置いています。
がんで闘病中のご家族がいたり、がん以外でも病と闘っているご家族がいらっしゃるかどうか、あるいは、近々でご家族を亡くされた方がいたりするので。
事前に保護者の方に、このがん教育を受けていいかどうかの確認を取っていただいています。それでも、学校側で把握しきれない児童、生徒さんがいらっしゃって当日それが分かったりして。泣き出しちゃう生徒さんがいれば、「質問いいですか?」と手を上げてくれる子もいます。
LH授業を受けるお子さんたちはだいたい何歳ぐらいですか?
栗原大体、小学校高学年、5、6年生から高校生までいます。
LH幅広い年代を対象にしているのですね。
栗原一番下の学年は3、4年生でやらせていただいたことがあったんですけど、しっかり受け止めてくれました。もう、感想文がみんな素直で可愛くて…。
「僕のお父さんとお母さんはタバコを吸っています。だからやめるように言います」とかね(笑)。
LHすごく大事ですよね。特に主婦の方ってなかなか検診を受ける機会がない。
でも、子供に対する責任があるから、本当は積極的に行かないといけないですね。
栗原おっしゃる通りです。子どもたちからおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さんへ「検診に行ってね」と伝えて差し上げてください、と必ずお願いをしています。
LH重たいですね。子供から言われるときちんと聞かないといけませんものね。影響が大きい。
栗原大きいですね。特に今の小中学校って、シングルファーザー・シングルマザーのご家庭もいらっしゃいます。
LH確かに、そうかもしれません。
栗原学校により異なってきますが、熊谷市の某小中学校では30%くらいと言われています。
ただ、校長先生がおっしゃるには、シングル家庭の子供ほど熱心にこの授業を聞くと言うの。なぜかというと…。
LH(親が)一人しかいないから?
栗原(うなずいて)親が病気になったら、即、自分の問題になってくるので、シングル家庭の子供ほど身を乗り出して聴いているって、校長先生は話してくださいました。
LHそうなのですね。
栗原でも、子供への教育って大事ですよね。 その子たちが大きくなったらちゃんと自分で検診を受けようと思いますもんね。
栗原そう。本当にそう。授業後は子供たちにアンケートを書いてもらっていますが、様々なコメントを頂いています。
LHこれは特定の学校から依頼があるのですか?
栗原熊谷市、行田市からは委託授業として請け負っています。ですから、年間の計画表(授業実施校)を教育委員会から年度初めに頂いています。
それ以外に、埼玉県内からご要望を頂き、スタッフとともに出向いています。
LH委託になったきっかけは?
栗原7年前に、熊谷市で市民協働助成金事業「熊谷の力」というのがあって、そこに応募したんです。
まず、一次選考の書類審査があり、次に、熊谷市長以下課長職以上の管理職の前で、がん教育の企画案、10分間のプレゼンテーションをしました。なぜ、今がん教育が必要か、どんな効果を期待するのか、なにを目指すのか、というような内容です。
初めは単年度だけの予定でした。ですが殊の外、子供たちの反応が良くて、感想文を頂いて。
それで次年度からの委託事業になりました。3年目、4年目、5年目、6年目と契約書を交わして予算取りをしてくださった。 子どもたちに配るがん資料「がんってなあに?」の印刷代(編集はすべて弊会)も含まれています。
LH官民協働のとてもいい例ですね。
栗原はい、そう思います。
LH患者さんの経験を直接語りかけて、その子たちが家に持って帰ってご家族に話す。そういう話を家庭でするってすごく大事ですね。
栗原そうですね。必ずこの授業を受けた後に「がんのお話をご家族でしてくださいね」って子供達にもお願いをして。学校によっては参観日と併せ親御さんが参加してくださっています。
LHそれいいですね。本当に良い取り組みですね。
栗原通常は、保護者と児童生徒らが前と後ろに分かれるスタイルなのですが、某小学校では子供たちの席の隣に保護者が座って。ですから、両親揃って来ている家庭は、子供が真ん中で両側に両親が座ってこの授業を聞いてくれる。
LHほほえましいですね。学校によって内容などは違うのですか?
栗原管理職によってその学校のカラーというのがありますね。ですから、校長先生や教頭先生の考え方で「うちはこういうスタイルでやりたい」っていう希望を基に話し合ってやっています。
LH実際の教育のスタイルは そこの学校にお任せする感じですか?
栗原はい、そうしています。本当にこじんまりした学校であれば、一学年が30人しかいないような学校があったりするので、そこではコミュニティルームのようなところで膝を突き合わせてやったり。
本当にスタイルはいろいろ。
授業の組み立てをこちらが全て決めて、小学校は45分間、中学校は50分授業の中で構成をしています。講師は3人。私が基本的ながんお話を明るく楽しく、がんクイズを交えながら30分。
次に乳がんや子宮頸がん、あるいは前立腺がん体験者が真ん中で10分間体験談を話します。最後の10分は弊会理事の大﨑幸恵さんが、小学1年生の愛娘利枝ちゃんを小児がんで亡くした話をしています。
利枝ちゃんは抗がん剤治療中、大好きなブドウだけが食べられた。季節的にブドウが手に入らなくなると家族や友人知人がブドウを求めて探しました。千疋屋丸の内店から送られてきた綺麗な箱に入ったブドウがきっかけで、お店のおじちゃんたちと約3年半に亘る文通が始まりました。
彼女が亡くなった後、手紙が全部お母さんのところに戻ってきて、母親である大﨑さんは「初めて本当のりえの気持ちがわかった気がします」と話し、その利枝ちゃんの手紙を7通紹介をしています。最期まで一生懸命に生き抜いた、利枝ちゃんの姿勢が、優しさが、たくましさが、胸を打ち、男の子も女の子も目頭を熱くして聞き入ってくれます。
がん教育は、がんの正しい知識と理解が基本的な目的ですが、自殺防止・いじめ防止、偏見や差別をしない、ということにつながっている。子供たちの感想文にそれが表れているんです。
LH見えないだけでいろんな状態を抱えている人もいますしね。
栗原それと、生きるっていうことの有難さですね。
LHこういう教育は子供の時から行った方がよいのでしょうね。
栗原文部科学省では、平成28年12月に改正されたがん対策基本法において、「がんに関する教育の推進のために必要な施策を講ずる」旨の文言が新たに記載されたことを受け、第三期がん対策推進基本計画(平成29年~平成34年)では、「国は、全国での実施状況を把握した上で、地域の実情に応じて、外部講師の活用体制を整備し、がん教育の充実に努める。」ことが示された、とあります。全国各地でがん教育が本格的に始動します、と理解しています。
去年、ある小学校に行った時、その前年6年生がこの授業を聞いてくださって、授業後、白血病になってしまった男の子がいて…残念ながら、亡くなってしまったんですね。とても胸が痛いのですが、今年になり、養護の先生からお話がありました。この授業を受けていたから周りのお友達は、最期までこの亡くなった男の子に普通に接してあげていた。だからこの授業を受けていて本当に良かったって、おっしゃってくださった。
本当に、本当に(かみしめるように)いろんなエピソードがあります。
LH本当ですね。
栗原また、中学校に授業に行った時、シングルマザーのご家庭の女子生徒が、私が話している途中で泣き出してしまったんですね。養護教諭が慰め一時的に教室から出て、また戻ってきてくれたんですけど、実はその子のお母さんが乳がんの治療中でした。
彼女が小学生の時に乳がんに罹患され、治療を続けてこられて。
それで彼女は「自分が悪い子だからお母さんが病気になった」って、ずっと一人で悩み続けていたのです。授業後に、保健室で気持ちを打ち明けてくれました。
LH栗原さんに?
栗原はい。先生が私とその子でお話をして欲しいとおっしゃられて、彼女は泣きじゃくりながら、気持ちを吐露してくれました。
「お母さんが、がんになったのは、決してあなたのせいじゃないから安心してね」って、ギュッと抱きしめて。そしたら笑顔になって帰って行きました。その日の夜にお母さんから電話をもらって、娘がそういう気持ちでいるのを知らなかった、と。
今、そのお母さんは私たちの仲間になって一緒に啓発活動をしているんです。
LH良かった…。
栗原自分も何かしたいって。
LH子供ってそういう風に思っちゃうんですね。
栗原そうなんです。
また別の小学校に行った時には、授業終了直後に、一番前の男の子が「質問があります」 ってまっすぐ手を上げてくれた。そしたら担任の男の先生がオロオロしちゃって。男の子は日頃からすごくやんちゃで、何を言い出すんだろうって、先生は心配になったそうです。
ところが、その男の子は「僕のお父さんは脳腫瘍です、お父さんは死にますか?」 って私に訊いてきました。私は、「お父さんはいつから病気と闘っておられますか」と質問すると、「僕が幼稚園の時から」だって。
「お父さんは約7年もの間、病気と闘って来られました。ですから、お父さんはきっと大丈夫です」って言ったらニコニコって、ものすごい笑顔になりました。教室を後に、担任の先生と校長室に向かい、担任の先生は号泣していました。「彼に悪かったって。 全然知らなかった」って。
「彼は不安で、不安で(父親が)いつ死んじゃうんじゃないかって。だからその不安から、生活が落ち着かない気持ちとして現れたのではないか」、って話されました。
LH子供のそういう話では本当に切なくなってしますね。 でも、がんであるということを、子供たちにずっと隠すのは難しいかもしれませんね。
栗原そうですね。子供は敏感に察すると思います。
LHだからどこかで言わなきゃいけないタイミングがあるのでしょうけど。お話をするときに「あなたが悪いから自分ががんになったんじゃない」というその一言、そういう所ってとても大事ですね。
栗原すごく大事だと思います。
LH伝え方、伝える内容と病気の原因の説明ですね。子供は親の病気を自分のせいだと考える傾向があるのだと、今の話を聞いて、ちょっと考えさせられました。
乳がんの罹患ってお子さんがまだ幼い場合もありますものね。
栗原そうなんです。
LHお子さんがまだ幼いにも関わらず乳がんになった時、自分の病気をどのようにみなさん伝えてらっしゃるんですか?
栗原今は、絵本やいろんなツールがあるので、昔よりは伝えやすくはなったと思います。
今テレビでもたくさん啓発してくれる方がいらっしゃるので、情報としては耳からたくさん入ってきている。家族が一緒に乗り越えていく上では、どんなに子供が小さくても、きちんと伝えるということはすごく大事だと思っています。がん友の一人は、やっぱり娘さんが小さかったので お嬢さんは「がんが染る」と思ったそうです。風邪みたいな感じで自分もがんになると思ったと…。LH子供にはわからないですものね。
栗原そうそう、だからこそ正しく誤解のないように、教えてきちんと治療すれば、がんは怖い病気じゃないんだよ、って。治る病気でもあるんだよ、っていうことをしっかり伝えて乗り越えていく、ということがすごく大事。
LHそうですよね。